8月4日

告別式に行ってきました。

オフクロに話したら、自分も行きたいとのことで連れて行きました。

俺の両親は俺が13歳の時に別居。
家を出て行きました。

その後、オヤジは商売に行き詰まり店をたたんで姉夫婦の店を手伝うために引っ越しをしました。
元居たところから20キロ離れている場所です。

引っ越しした翌週から当時土曜は半ドンでしたが、アイツは学校が終わってからチャリで遊びに来ていました。
あ、因みに彼とは剣道の道場が同じだけで、小学校とかは違いました。

そのオヤジの元から家出をしてオフクロの元へ身を寄せるのですが、DVオヤジから身を隠すために俺の消息は居住市の計らいにより消されました。

身元がバレないように友達とは原則連絡を取れませんでしたが、アイツなら大丈夫と言うことで連絡を取り、50キロ以上離れているのによく遊びに来ていました。

当時、中学・高校生でしたが、遠くなはれているので来るときは泊りがけです。
なのでオフクロとも接触が多く、アイツも事あるごとに「おばさんは元気か?」と気にしていました。

なのでオフクロにもお別れの機会を与えたかった。

子供二人の連れて行きました。

よく遊んでもらっていたからです。
もちろんアイツの子供達ともよく遊んでいました。
今回いっしょに亡くなった長男とも・・・。

でも、少しよせばよかったと思いました。

いい年こいて泣きじゃくる息子やオヤジの顔を見られちゃいました。
堪えるつもりでしたが、死に顔を目の当たりにした時は、勝手に口が動いて何が何だか判りませんでした。

離れがたく結局火葬場まで付いていき、それでも納得が出来ず帰りに現場にも再び行きました。

でも、やはり納得できませんでした。

こうやって毎日納得できないものを背負って人は生きていくんだなぁと今さらながら実感しました。

今回は、10年前に会って以来の長女にも会い話をすることができました。
彼女が生まれた時にアイツは毎晩のように電話をしてきて、「彼氏を認めない」と言っていたこと。
なぜ消防士になったか。
なぜ自然が好きになったのかとか。
小学生のころももててた話。
大学生のころはイマイチだった話。
アメリカをバックパッカーとして横断していた話。
二人でいろんなトラブルを切り抜けてきた話。

そして
あいつは、なぜ子育てに水辺を取り入れたのか・・・・・。

できるだけ多くの話を聞かせることができました。
それでもまだまだ語りつくせないぐらいに、アイツとのエピソードは多い。

またいずれ機会を作って彼女たちが知らない父親のはなしをしてあげようと思いました。


遊び始めると毎週のように遊ぶのに、
一旦会わなくなるといつもしばらく間が空きます。


今回は今までで最大の合わない期間になりそうです
また最期の合わない期間になりそうです。

この期間に俺は今度会った時に話せる沢山の知識や思考を貯めておこうと思います。

アイツは議論をするのが大好きな理屈屋だったので・・・。

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