今日はSとその息子が亡くななってちょうど1年になる。
あれから365日。
365日毎日Sの事を考えていたけど、結局何もわからない。
Sが最期に何を考えて逝ったのかを考えるのは、宇宙がどこまで続いているのかを考えるのと似ている。
もう俺の処理能力は超えちゃうんだよね
それでもまだSのことを想い続けるんだろうな。
彼の事を想うと、何かを自分の体からもがれた様な感覚です。
あれから365日。
365日毎日Sの事を考えていたけど、結局何もわからない。
Sが最期に何を考えて逝ったのかを考えるのは、宇宙がどこまで続いているのかを考えるのと似ている。
もう俺の処理能力は超えちゃうんだよね
それでもまだSのことを想い続けるんだろうな。
彼の事を想うと、何かを自分の体からもがれた様な感覚です。


コメント
コメント一覧 (6)
どちらにも属せないような気持ちでしょうね。
ほんとはまだどこかにいるような感覚じゃないですか?でもいない事を思い出す・・・残された者はやるせないですね。逝ってしまった人も・・・ね。
ずっとずっと忘れないでいてあげてくださいね!・・・Guuさんには見えなくても会いに来てくれてますよ!
これを喪失感というのでしょうか。
こんなのがあと何年続くのでしょうかね
昨年、子供の夏休みに釣りに連れて行こうと思ってインターネットで情報を集めていた時にこの事故が起きました。あまりに悲しい事故で、「何でこんなことが起きたのか」「どんな状況だったのだろう」と考え調べているうちにguuさんのブログにたどり着きました。
自分も子供をできるだけ自然に触れさせたいと思って自然のある場所に連れていきますが、やはり自然は怖いです。自分一人なら何とかなるのかもしれませんが、子供がいると、どんなに屈強な男でも厳しい時があるのかと思いました。今年のGWに五頭連山でまた親子の事故があって、子供を自然に連れていく親の気持ちも十分わかりますし、厳しい状況に至った時、死を感じた時の親子の気持ちを考えるとやるせないです。
ただ、私が一つだけ確信しているのは、親を信じる子供の気持ちと、命を懸けてでも子供を助けようとする親の気持ちがそこにはあったということです。強い絆でつながった親子がいたことは忘れません。
コメントありがとうございます。
彼が子供達に厳しく自然を教えようとしたのは、実はポケットのドングリさんと同じようなスタートでした。
二人の娘、と無くなった末弟の三人の子供がいたのですが、初めての子が生まれた時、あっちこっちで水難事故が多発していました。
そのニュースを見て、消防局で救急救命士をしていた彼は心を悼めました。
彼は子供のころから水に接しないことが、事故の遠因になっていると考えました。
彼は生まれたばかりの子供に水難事故で死んで欲しくないと考え、彼のライフワークである川遊びに幼少のころから子供達を連れ出すようになりました。
皮肉なことに彼がもっとも無くそうとしていた水難事故で二人は亡くなることになりましたが、未だに何が起こったのか判らずじまいです。
報道では、子供が溺れそれを助けようとして父親も溺れたという比較的よくあるパターンの印象を受けましたが、実はまったく何があったのかは判っていないんですよ。
でも、ポケットのドングリさんが言うようにそこには確かに強い絆がありました。
俺と遊んでいる時も、いつも子供の事を相談していました。
そして何があっても子供を守ると豪語していました。
本当に子ども思いの良いオヤジでした
私は、彼と中学時代同じクラスでした。中学以降全く会っていませんでしたが、あのニュースを出張先の北海道で見たときは力が抜けました。偶然にも私の住んでいるところからも近く、息子と同じ小学校でした。中学時代s氏のお父さんから頂いた迷彩服、大切にしたいです。
コメントありがとうございます。
Sの知り合いからのコメント。純粋に嬉しい限りです。
Sは中学の頃、柏市に住む俺のところに頻繁に遊びに来ていました。
俺の交友関係は聞きたがるくせに、自分の交友関係は共通の剣道の道場の友達の話意外あまりしませんでした。
いや、俺があまり聴いていないだけで、していたのかもしれません。
赤いおさーんさんの話もひょっとしたら出ていたかもしれませんね。
去年の告別式でお父さんに合いましたが、かつての強いイメージはなく、小さくななったなという印象を受けました。
お母さんは、昔のままだったと思いますが、痛々しくてつらかったです。
こうやって忘れていない人が見てくれるのなら、またSのエピソードを書いていこうと思います。
ありがとうございます m(__)m